法廷通訳者
石田美智代氏に訊く
「法廷通訳の世界」
■著書紹介
著書
『韓国語会話BOOK』(成美堂出版)
『あっという間に話せる韓国語』(永岡書店)
『ハングルでなんていうんだろう?』(別冊宝島)
『はじめての韓国語単語帳』(学習研究社) 他
訳書
『見てわかる日本 伝統・文化編』(JTBるるぶ社) 他
■インタビュー
翻訳業、通訳業と多彩ですね。主たる業は、何でしょう
地方と都市部との格差や仕事の依頼先について教えてください
収入の割合で言えば、講師>翻訳>通訳になります。
現在、地方在住ですが、大都市と比べると仕事のチャンスにおいて圧倒的に不利だといえます。
それでも登録制度のあるところにはほぼ登録しています。
そのためか、警察、弁護士会、裁判所からは司法通訳を依頼されます。
教育委員会からは公立学校に通う外国人子弟と保護者に対する通訳を頼まれます。
また、地元の通訳エージェントからはイベントや企業等の通訳のお話があります。
仕事の流れについて教えてください
登録
まず登録することから始まります。
警察、弁護士会、裁判所に登録すると、それぞれ、
警察からは<取り調べ時の通訳>、
弁護士会からは当番弁護や裁判のための<接見の通訳>、
裁判所からは<裁判の通訳>
に関する依頼がきます。
逮捕直後の通訳
被疑者が逮捕されますと警察に勾留されます。
その後、48時間以内に身柄が検察官に送致され、不起訴で釈放か、さらに勾留するかが決まります。
ここから10日、さらに10日延長可能で、最大23日間勾留期間があります。
その間に、取調べが行われ、起訴するかどうかを検察官が決めます。
こうした流れの中で、<逮捕直後に警察から通訳>の依頼がくることがあります。
現行犯逮捕したものの、ことばが通じなくてどの国の人間かもわからない、
どうやら韓国語のようだ・・・というケースもありました。
当番弁護の通訳
また、この時点で弁護士会から<当番弁護の通訳>依頼がくることがあります。
当番弁護は依頼があって48時間以内に面会にいかなければならなりません。
そのため日程調整が大変です。
時間が合わなくて結局、夜間になったこともあります。
取り調べの通訳
その後、警察から<取り調べの通訳>依頼があります。
現場に行って証拠押収の立ち会い、供述調書の作成、読み聞かせの通訳等々、
これは時間もかかるし数日間通うこともあります。
法廷通訳
最終的に起訴された場合、今度は<裁判所から通訳>の依頼がきます。
警察で通訳を担当したことのある被疑者が被告人である場合、この依頼は断ります。
接見通訳
法廷通訳を引き受けると、<接見通訳>を頼まれることがあります。
これは、その事件の担当弁護士が弁論要旨を作成するために行われるものです。
裁判の流れと通訳のかかわりは
裁判の流れ
まず、裁判の流れは、次のような感じです。
人定質問(被告人が本人かどうかの確認)
↓
起訴状の朗読
↓
裁判官から黙秘権の告知
↓
検察官の冒頭陳述(事件の経過、立証しようとする事件内容等)
↓
証拠調べ
↓
被告人質問、論告(求刑)
↓
弁護士による弁論、判決
同時通訳
このうち、冒頭陳述と証拠調べ、論告、弁論要旨は、<同時通訳>になります。
この場合、マイクとイヤホンを使います。
逐次通訳
判決文以外は事前に郵送されてきます。
あらかじめ翻訳をしておいて、当日はそれを読み上げます。
起訴状の朗読、被告人質問、判決は、<逐次通訳>になります。
単純なオーバースティなどの事件では、即決、つまりその日のうちに判決まで出てしまいます。
即決でない場合は、次回公判、または判決の日程はその場で、裁判官、弁護士、検察官、通訳人で調整して決めます。
工夫が必要な場合とは、どのようなときでしょう
日程調整
<法廷通訳>の場合、裁判の予定が事前に組まれていますので、数週間前に依頼されます。
しかし、警察の取調べや家宅捜索の場合には、異なります。
ほとんどが「今日か明日、ご都合いかがですか」と聞かれるので、依頼に対して応じられないことの方が多かったりします。
仕事を断るというのは大きなストレスになりますね。
起訴状の翻訳
<法廷通訳>を引き受けると、<起訴状の翻訳>も依頼されることがあります。
昔から言われていますが、司法関係の文章は、「悪文」の代表に数えられています。
一つのセンテンスが4行、5行もあったり、途中で何度も主語が変わっていたり・・・。
センテンスを一度、区切ったほうが分かりやすくなるのではないかと考えるのですが、それで微妙に意味が変わってしまってはいけないと思い、悩みどころです。
感情移入
また、警察に捕まるとか、裁判の被告になるという経験は、めったにあることではありません。人生がかかっているわけですから、当事者は気が動転したり、泣き喚いたり、うそをつく場合もあります。
そういうエネルギーに巻き込まれないようにするのも、大変です。
司法通訳の先輩が「口だけ動かして、心は動かすな」とアドバイスしてくれましたが、
いつも心にとどめていてもなかなか実行するには難しいです。
守秘義務
また、被疑者が机や椅子を蹴飛ばして暴れたとか、新聞に出ていた事件の裁判だとか、風俗嬢の実情だとか、ついつい話したくなる興味深いことがあっても、「守秘義務」があるので決して「酒の肴」になどはできません。
その場できれいさっぱり忘れる努力をしています。
楽しいと感じることはありますか
基本的に楽しい仕事ではありません。
ただ、こんなことがあります。
例えば風俗関係の取調べの時に「お客さんは喜んでくれるし、経営者や従業員はお金を稼げるし、だれも困らせていない」と言い切った被疑者がいたのです。
なるほど!と一瞬納得しかけました。
もちろん違法行為ですから、「だれにも迷惑かけていない」という理屈は通りません。
でも、いろいろな見方があるなあ、と考えさせられ、そんなときには「興味深い」と感じることがあります。
法廷通訳を目指したきっかけは何でしょう
語学学習
韓国語を勉強し始めたのは、今から20数年前。
当時は韓国語の通訳や翻訳を「仕事」にできるとは夢にも思っていませんでした。
それが、ソウルオリンピックが開催され、ワールドカップがあり、韓流ブームがおき・・・。
それに伴い、人の行き来が増えて、勉強会、講演会、ワークショップなどの通訳を頼まれるようになりました。
気がついたら翻訳や通訳をやっていた、というのが実情で、意識的に「目指した」というわけではありません。
法廷通訳
法廷通訳を始めたのは、結婚、出産でいったん、退職したときに、ウィークディのデイタイムに動けるようになってからです。
裁判所や弁護士会に登録して、少しずつ仕事がくるようになりました。
当時、横浜に住んでいたのですが、月に2件くらい、法廷通訳の仕事があったように記憶しています。
フリーランス
15年前に静岡に引っ越してからも、すぐに登録したので、静岡地裁に場所を移して、法廷通訳を続けました。
10年前、離婚を機に、再びフルタイムで働き始めました。
通訳の仕事がはいれば仕事を休んだり、韓国語を教えたり、翻訳なども話があれば受けていたので、安定した仕事を求めながらも、潜在的には翻訳・通訳で食べていきたい気持ちを持っていたのだと思います。
ワールドカップや韓流ブームに後押しされて、5年前からフリーランスになりました。
通訳を目指そうとする方々へアドバイスをお願いします
情報収集
言葉ができることと通訳ができることは違います。
特に韓国語はまだ少数言語なので、分野ごとの専門家がそれぞれいるわけではありません。
司法通訳をやりながらも、あるときは洗浄剤の展示会、次は港湾整備の視察、その次は反核平和講演会・・・という具合に「何でも屋」になってしまいます。
仕事ができるかどうかは、韓国語の能力より、まったく初めて接する分野について、どこまで情報収集できるかどうか、という能力にかかってきます。
中立性
法廷通訳に関して言えば、裁判所からの依頼であり、検察からも弁護人からも中立でなければなりません。
「弱者である外国人のために」と考えがちですが、あくまで中立で正確に、ということが重要です。
何より、通訳は、翻訳と違って、常に相手方の人間がいます。
どのような相手であれ、人と接することがストレスにならないことは大きな要素だと思います。
通訳の仕事を得るには何が必要でしょう
韓国語業界は狭いので、通訳に限らず、うわさや評判はすぐに広まります。
良い仕事をすれば、「次もお願いします」となりますし、待ち合わせの時間に遅れたり、「守秘義務」を破ったり、エージェントやクライアントに対する不満はもちろん、同業者の
悪口をよそでしゃべったりしたら、もう次の仕事はこないでしょう。
実際、知り合いのエージェントの方から「この人、知っていますか?」と「評判」を聞かれることがあります。
司法通訳においては、裁判所、弁護士会、警察などで不定期ですが、研修会や連絡会が開かれます。
通訳人登録をしていればお知らせがきますので、積極的に参加することをお勧めします。
法制度やシステムを学習できるだけでなく、担当者と直接知り合いになれたり、先方が通訳人に期待していることを知ることができたり、同業者同士で情報交換ができるなど、
非常に有意義です。
月並みですが、仕事を得るには、信頼をこつこつ築いていくことです。
「法廷通訳」の展望について、どのようにお考えでしょうか
裁判で通訳を必要とする言語や件数は、地方によってばらつきがあります。
ほとんどが東京や大阪などの大都市に集中しています。
現状、地方都市では「不足している」感じはありません。
地方では、私もそうですが、通訳だけで生計をたてていくことは難しく、
翻訳や教える仕事などを兼業している人がほとんどです。
件数は少ないとはいえ、法制度も時々変わるので、研修会がれば参加するのが望ましいですし、通訳のスキルの維持にも努力しなければなりません。
コスト&パフォーマンスを考えれば、決して「割のいい仕事」とは言えないでしょう。
司法制度や現場に対し、どのようにお考えですか
外国人の流入人口増大
「外国人が増えると犯罪が増える」という考え方には賛成できません。
入管法違反など、外国人にのみ適用される法律もあるからです。
日本人に罪を犯す人、犯さない人がいるように、外国人にも罪を犯す人、犯罪と無縁な
人がいます。
ただ、外国人全体の人数が増えれば、その分、犯罪も増える可能性はあると思います。
裁判員制度
裁判員制度も始まり、今後の法廷通訳のあり方も議論になるかもしれません。
被告人に対する印象が裁判員に与える影響を考えると、被告人の口調や言い回し、
表現などを含めて、今まで以上に、正確な通訳が求められます。
しかも裁判にかかる時間も延びるでしょうから、通訳人の追う負担は倍増します。
裁判用語の平易化
制度やシステムの問題は、解決には時間がかかります。
当面、通訳人の負担の軽減に有効なのは、検察や弁護士、裁判官の方々に、
できるだけ平易な日本語を使用していただくことだと思います。
通訳の正確化
また、通訳の正確性を確保するために、チェックインタープリターの導入、資格・認定制度の導入など、以前から議論があります。
これを機に新たに議論が活発にされるのもいいことだと思います。
石田美智代 ISHIDA Michiyo
大学講師、翻訳、司法通訳(裁判所・警察)業
1990年、法政大学法学部卒業
在学中に韓国・高麗大学で語学研修を受け、
現在、静岡大学、常葉学園大学で非常勤講師、
静岡市国際交流協会で韓国語相談員を務める。