広瀬元康
弁護士
February 2010 in PARIS
「法務翻訳-グローバルスタンダード&リーガルセンス」
法律文書作成や法務翻訳の国際標準とは何か
企業法務やローファームにおける「契約翻訳」事情に精通し
フランスで活躍する気鋭の国際弁護士広瀬元康氏に
「リーガル翻訳」の魅力と鉄則を訊いた
フランスに滞在されて、何年になりますか。
合計約3年になります。
大学卒業直後の2002年4月から2003年10月まで、語学留学とバックパック旅行を兼ねてヨーロッパに滞在していました。
その中でも長く滞在した場所は、ブルゴーニュ地方のディジョンとコートダジュール地方のニース、オーストリアのウイーン(ドイツ語)です。
日本で司法修習、渉外の弁護士実務を数年手掛けた後、2008年8月に勤めていた事務所を退職し、パリ第2大学(パンテオン・アサス)の大学院で企業法や欧州競争法等の学位を取得しました。
現在はパリの法律事務所で弁護士として勤務しております。
外国弁護士による日本での法律事務は、外弁法上、制限がありますが、
フランスでは、米国などと同様、外国弁護士を積極的に受け入れてきたという背景があります。
現在、広瀬さんは、フランスの法律事務所で活躍されていますが、実際、外国人弁護士の自由化の度合いは、どのように感じられています。
フランスの弁護士と日本の弁護士との間に、業務上、差はあるでしょうか。
フランスでは、日本に先立ち1970年代から外国人弁護士を受け入れる動きが始まり、1991年には外国人がフランスで弁護士資格を得る方法を定める政令が現行の形に整備されました。
今では、外国弁護士の資格を持つ人は、外国人用の司法試験に合格すればフランスの弁護士資格を得ることができます。
外国人弁護士の中でも、EUの弁護士かそれ以外かでルートが若干異なり、日本人はもちろん後者に入ります。
その試験は、フランスで一から弁護士資格を目指してきた人の受ける試験に比べて、若干科目数や範囲が限定されています。
業務の範囲については、フランスで弁護士資格を得た場合には、外国人でもフランス法について業務を行うことができます。
つまり、フランスの裁判所で当事者を代理して訴訟を行うこともできます。
これに対して、日本の外国法事務弁護士は、1987年に施行された「外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法」(通称外弁法)に基づくもので、外国で弁護士資格を持って一定期間の実務経験がある人が、原資格国(その外国人が弁護士資格を取った国ないし州)の法律について業務ができるというもので、日本法についての業務はできません。
例えば米国カリフォルニア州弁護士であれば、日本でカリフォルニア州法について対価を得てアドバイスをすることはできますが、日本の裁判所で行う訴訟について当事者を代理することはできません。
仮に、日本人が、フランスの弁護士資格を取得しようとした場合、どのような手段があるでしょか。
日本人の場合、日本ないし他の国の弁護士資格を既に持っているかどうかで方法が異なります。
日本等の弁護士資格がなければ、法学部の学位に加えて、フランスでフランス人と同じように弁護士職適格証明(CAPA)に合格しなければならず、研修の期間も含めると数年かかるでしょう。
日本の弁護士資格が既にあれば、先ほど申しました1991年の政令に定められた外国人ルートの試験に合格すれば、フランスの弁護士資格を得ることができます。
広瀬さんは、日本の弁護士として実務をこなす一方、パリの大学で講師も務められています。
弁護士として、主に、どのような法律事案を手掛けていらっしゃいますか。
私が東京で勤務していたときは、ほとんどが企業法務でしたが、パリの法律事務所では企業関係と一般民事が概ね半々です。
東京での新人の時代は、あまり分野を専門化せず多様な法律問題を扱いました。
いくつか例を挙げますと、外国の企業が日本でビジネスを行い、その機会に生じる法律問題(会社の設立から始まり、日本の会社法上の総会等手続の準備、日本法に基づく契約の作成、チェック)を全般的に扱うもの、日本企業が外国で訴訟などの法的手続に関与する場合に現地法律事務所と連携して法的助言や文書の作成を行うもの、金融取引、通商案件、金融商品取引法(かつての証券取引法)に基づく継続開示、M&Aをめぐるデューディリジェンスなどです。
また少数ですが、刑事事件の国選弁護人なども担当したことがあります。
パリの法律事務所では、私は日本の弁護士ですので、当然ながら日本とフランスの両国にまたがる法律問題がメインですが、特徴としては出入国関連(ビザ)と労働案件が多いです。
会社の設立や契約をめぐる問題や訴訟など、日本の法律事務所での企業法務に近い内容の案件も多い一方、日仏夫婦の離婚・相続のような個人・一般民事案件も数多く扱っています。
クライアントには、やはり日系企業が多い、ということになるでしょか。
そうですね。
現在勤務している法律事務所は、フランスで日本法の業務を扱っている唯一の事務所ですので、日系企業にとってはフランスに進出した段階でまず窓口になる事務所だと思います。
世界的に有名な多国籍企業である場合もあれば、日本人の個人起業家が新たにフランスで会社を設立するような場合もあります。
また、フランスの企業またはフランス人でも、日本に進出してビジネスを行うことを考えている場合や、日本の企業と紛争になったケースなどで相談される方はいらっしゃいます。
フランスには、留学生も含めれば日本人が約3万人在住していると言われています。私は、間をおいてフランスに2回滞在していますので肌で感じられますが、ビザや滞在許可証の取得は以前に比べて明らかに厳しくなっています。
また、フランスの役所の業務は日本ほど効率的でなく、コツを知らなければ数時間立ち詰めで並んだ上で窓口では何も言い分を聞いてもらえずに追い返されるようなことは日常茶飯事です。
日本人にとっては、滞在の目的が何であれ、滞在許可証をスムーズに取れるかが最初の関門です。この段階でつまずいて、その後の仕事や学業が円滑に行えなくなってしまうケースもありますので、弁護士との最初のお付き合いはビザ関連ということも少なくありません。
また、フランスは伝統的に労働者の権利意識が強い国で(公共機関の日常的なストライキがそのことを象徴しています)、労働関係の法律が非常に複雑で厳しくなっており、当然ながら日本人が日本人を雇う場合でもフランスではフランスの労働法に従わなければなりません。
そのため、労務をめぐる問題は企業にとっても最も神経質にならないといけない部分で、これをめぐる相談は大変多いですね。
たとえば、労働法典というのがあるのですが、紙に印刷して1000ページ以上、第○条、という条文番号が8000を超えているのを見たときは、私もびっくりしました。この下に、さらに数え切れないほどの政省令や裁判例があるのです。
法務と「翻訳」業務との接点は、主に外国間で取り交わされる「契約書」において多くみられます。
広瀬さんは、国際ローファームで翻訳スタッフへの指導もなさった経験がありますね。
「翻訳」を業として手掛けられるようになった経緯について、お聞かせいただけますか。
私が初めて翻訳を仕事として行うようになったきっかけは、大学2年のとき、アルバイトの家庭教師で教え子だった高校生がアメリカに留学することとなり、従前からの家庭教師に加えて留学の申請手続の補助や、必要な書類の翻訳(もちろん英語です)を頼まれたことです。
それ以降、司法試験受験指導の塾を経営する会社で英語業務が発生したのをきっかけに、アルバイトで和英・英和の翻訳を行うようになりました。
当時は法科大学院構想が進んでいたときで、適性試験の模擬練習用の教材として、アメリカのLSAT(アメリカのロースクールに入るための適性試験)の和訳やそのレビューを担当したり、日本の刑事法について英文で解説した書籍の執筆を担当しました。
また、第一東京弁護士会で刑事弁護のための被疑者通訳人にも登録しました。翻訳業務は、私が前回フランスに語学留学と旅行のために滞在していたとき、遠隔地にいてもパソコンさえあれば添付ファイルで仕事ができ、あくまで日本国内の仕事なので外国で就労許可を得る必要もなく、留学費用を稼ぐための重要な仕事でもありました。
日本で司法修習をしていた間は、兼業が一切禁止されていますので、翻訳業務はお休みしていました。
2005年に弁護士として渉外法律事務所に入所してからは、翻訳およびそのレビューというのは弁護士の仕事の中で付随的に発生しました。
ですから、翻訳を「業として」やっていたわけではありません。
しかしながら、弁護士として仕事をする上でもクライアントがほとんど全て外国の企業であり、日本法やそれを適用した場合の効果についてクライアントに対して英語で説明するのが弁護士の役割ですから、その過程で様々な文書の翻訳やそのレビューが業務の重要な一部分を占めることになります。
翻訳者としての対応言語は、日本語の他に、英語、フランス語ですね。
取り扱う翻訳案件は、どのようなものでしょうか。
今はフランスに滞在している関係で、和仏・仏和案件が多いです。
日本で仕事をしていたときは、英語案件のほうが若干多かったように思います。
英語とフランス語の案件で異なる点は、英語については翻訳できる人が非常に多いため、その分野を専門とする人にしかほとんど受注がない一方(つまり、私が受注する案件はほとんどが法務関係です)、フランス語については専門外の分野を含めてあらゆるジャンルの受注がある点です。
翻訳は、対象文書が扱っている分野の専門知識があるのとないのとでは出来上がりに雲泥の差が生じますので、できることならその分野を専門にする翻訳者が行ったほうがよいのです。
ですが、少数言語になるほど言語×専門性で絞りをかけると迫った納期までに受注してくれる翻訳者が限られてくるため、専門外の翻訳者に呼びかけざるを得ないという事情だと思います。
このほか、ときどき英語からフランス語またはフランス語から英語に翻訳する案件を受注しております。
つづく
広瀬元康 HIROSE Motoyasu
1980年 大阪生まれ
1998年 私立灘高等学校卒
2001年 司法試験合格
2002年 東京大学法学部卒業(法学士)
2002年~2003年 欧州言語の習得と世界周遊を目的にフランスを中心に留学
2005年 司法修習(58期)修了、弁護士登録
2005年~2008年 アンダーソン・毛利・友常法律事務所勤務(アソシエイト弁護士)
2009年 EURASIAM(パリの私立大学)日本法非常勤講師
パリ第2大学(パンテオン・アサス)大学院にて企業法の学位取得
2009年8月から、弁護士として復職した。
現在、パリにある法律事務所 Cabinet d’avocats Akira Hashimotoに勤務し、日本人弁護士として法律実務を手掛けている。
なお、同事務所は、フランス唯一の日系法律事務所として、在仏邦人はもちろん、日仏間の問題全般について広くサポートしているとのこと。
また、同時に、作業の質と速さの両立をモットーに、英仏語のリーガル翻訳を中心として翻訳・通訳業務も行っている。
一昨年、日本のアンチ・ダンピング規制に関する英文書籍を共著で出版されている。
『Global Competition Review - The Handbook of Trade Enforcement 2008』