ケースカタログ








新種の事件Ⅰ

事件は時代を映す。
現代の社会的病巣を映す新種の事件を追跡する。



01「心中」事件

1703年5月
曽根崎心中事件
1889年1月
マイヤーリング事件
1932年5月
坂田山心中事件
1957年7月
谷中五重塔放火心中事件
1957年12月
天城山心中事件
1958年11月
偽装心中事件
2005年8月
福井火葬場心中事件
2005年11月
自殺サイト殺人事件


「曽根崎心中」

最近は流行らないかもしれませんが、約束の証としての「指きり」があります。「ゆびきりげんまん、うそついたら針千本のーます。ゆびきった!」などと言って小指と小指を結び、一気に切り離します。

昭和の頃には、子供たちが無邪気に指切りする風景が珍しくなかったものですが、字義を辿るととても残酷です。

この「指切り」の起源は江戸時代に遡るようです。当時、遊郭では客への「心中立て」という行為が横行していました。これには、起誓文、爪剥、断髪、入墨、断指、肉を突く、情死などがあります。

このうち、断指は自らの小指を切断して客に贈るというものですが、通常、左手の小指を贈答したといわれ、これが「指切りげんまん」に伝え残されたようです。

このような背景の下、人形浄瑠璃や歌舞伎の演目である曽根崎心中」の流行もあり、心中立ての中でも、とくに情死が「心中」として呼ばれるようになったということのようです。


「天国に結ぶ恋」

前置きが長くなりましたが、古典的な心中事件と言えば、やはり、浄瑠璃のモデルとなった曽根崎心中事件が有名です。

この事件は、女郎と商人手代が情死した事件で、江戸時代の「身分制度」が色濃く反映されていますが、一方、次の2つの事件では、身分といった制度的な側面は後退します。

1932年(昭和7年)に、大磯町で起きた坂田山心中事件では、純愛がクローズアップされ、内面性がクローズアップされます。心中した2人はクリスチャンでした。

また、この事件は、女性の死体を運び去り、死体を愛撫したという猟奇的盗難事件に発展し、世間を騒がせます。戦前の世相やイデオロギー的な要素が絡んでいます。

この事件をモチーフに「天国に結ぶ恋」という映画や楽曲が作られます。映画は爆発的なヒットで3週間連続でロングランされたようです。
事件後、大磯坂田山では、一説に100人もの情死者を出すなど、社会的影響が見られました。


もうひとつの「天国に結ぶ恋」

「天国に結ぶ恋」は、四半世紀を経て、天城山心中事件で再来します。

坂田山心中事件での心中を図った男は慶応義塾大学の学生で華族出身でしたが、この事件では、学習院大学に在籍する同級生で、しかも女は、清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀の姪であるという点で注目を浴びました。

心中事件では、心中に至る内面性のプロセスが掴み切れず、真相が明らかにされないことが多いようですが、この事件でも、<無理心中説>と<情死説>とが対立しています。
この場合、争点は、「同意」の上での情死か、あるいは同意がなかったのか、ということになります。

慧生の母である嵯峨浩は、『流転の王妃の昭和史』で、一種のストーカー殺人によって慧生は道ずれとなったというようなことを書いています。嵯峨家は、<無理心中説>を支持しています。他方、慧生の父親である溥傑(溥儀の実弟)ら愛新覚羅家では、<情死説>を主張することが多く、また、心中した男の親族や大学側の同級生たちも、純愛を選んだ末の顛末という立場から、後者の説を唱えています。


マイヤーリング事件

語源の解釈が曲解され、「心中」は文化であって日本に特有のものだというような俗説を聞くことがありますが誤りです。心中はどこの国にも、そしてどの時代にも存在したと考えられます。

マイヤーリンク事件は、19世紀末にオーストリアで起きた、オーストリア皇太子とマリー・ヴェッツェラとの心中事件で、今なお真相がわかっていません。

事件から1世紀が過ぎようとした1983年、<情死説>に対し、<暗殺説>が、亡命生活を終えてウィーンに戻った最後の皇后ツィタによって突如告白されます。


小説「五重塔」

天城山心中事件と同じ年、東京都台東区にある谷中霊園で谷中五重塔放火心中事件が起きます。

この五重塔は幸田露伴の小説のモデルとなったものです。霊園には、15代将軍徳川慶喜や鳩山一郎、横山大観、渋沢栄一などが眠っています。

この心中で、不倫関係の清算を目的に焼身自殺を図ったとされていますが、同時に、出火の延焼により、この五重塔が焼失しています。


介護心中

さて、ここからが本題です。現代を映す事件を2つ取り上げます。
まず、福井火葬場心中事件です。

2005年11月、福井県で、使用されなくなっていた火葬炉から、80歳と82歳の老夫婦の白骨遺体が発見されます。認知症を患っていた妻とそれを介護する夫が引き起こした痛ましい心中です。

翌日、夫から市役所に、「遺産は全て市に寄付します」という内容の遺言状が配達されています。
また、乗用車からは次のようなメモが残されていました。

午後4時半、車の中に妻を待たせている。
午後8時、妻とともに家を出る。
車で兄弟宅や思い出の場所を回って焼却炉にたどり着いた。
妻は一言も言わず待っている。
炭、薪で荼毘の準備をする。
午前0時45分をもって点火する。さようなら。

2人は寄り添ったまま、骨となりました。放置された乗用車からはクラシック音楽が大音量で流されていたといいます。

事件そのものは、心が痛む、もの哀しい出来事であり、地域社会や行政の無力を批判されることになりましたが、2人の老夫婦の愛情ははかなく耽美的な美しさを伴い、共感できるといった論評までありました。
これと比較して、次の事件は、説明の尽しがたい、奇形的なおぞましいものです。


ネット心中

近時、インターネットを媒介に心中を図る事件が増えていますが、自殺サイト殺人事件は、人の苦しむ姿を見て興奮するという性癖をもつ38歳の男が起こしたものです。

調べでは、男の手口は、自殺系サイトに集まる自殺志願者を騙し、なぶり殺しにすることで自殺を手伝い、自らは死刑になる形で後を追う、という「無理心中目的の説得ずくの快楽殺人」というものです。

裁判では、被告人は、被害者らは多重債務やいじめなどを苦にした潜在的に自殺を志願する者たちであり、殺人に及ぶ際には、「直前に、被害者自身が殺していいという意思表示をした」という同意が前提となっていたとして、刑法202条自殺関与・同意殺人罪を主張したのです。

しかし、裁判所は、被告人は、被害者らを騙し、それらに与えた死に至る苦しみは、被害者らが当初抱いていた願望としての自殺行為としての苦痛を超えるものだったとして、殺人幇助罪を退け、過去に起こした連続強盗傷害罪の再犯・併合罪なども加重され、死刑判決となりました。


偽装心中

ところで、自殺はその未遂も含めて処罰されないのですが、自殺に関与した場合は、刑法第202条により処罰されることになります。

すなわち、人を教唆して自殺させた場合には自殺教唆罪が、人を幇助して自殺させた場合には自殺幇助罪が、人の嘱託を受けてその人を殺害した場合には嘱託殺人罪が、人の承諾を得てその人を殺害した場合には承諾殺人罪(同意殺人罪)が適用されることになるのです。それらの法定刑は全て、6ヶ月以上7年以下の懲役、または禁錮であり、殺人罪よりも軽くなるのです。

しかし、仮に、同意がなければ、殺人罪が適用されることになりますから、心中事件では同意の存否が争われることが多くなります。

そして更に、この場合、同意の存否をめぐっては、法律上、錯誤が問題となることがあります。つまり、被害者らが自殺を決心するプロセスや、殺害に対して同意を与える決心をするプロセスで、「錯誤」があった場合に、法的にどのように扱われるのかが問題となるのです。

判例(最判昭和33年11月21日刑集12巻15号3519頁)では、心中を持ちかけ、後から追死すると騙して自殺させた場合、自殺の決意は「真意に添わない重大な瑕疵ある意思」であり、自殺者の自由な意思決定に基づくものではないとして、殺人罪の成立を認めています。

このケースでは、追死するという事が本質的に重大な事実であり、それに対する錯誤があるので自殺の決意は真意に基づくものではないと述べるが、学説の中には死という結果それ自体に対しては錯誤がないから、重大な瑕疵があるとは言えず、自殺教唆罪が成立すると述べるものもあるとしたのです。





次回は、「狂宴犯罪」を扱う予定です。

  • 「狂宴犯罪」事件
    • 横浜浮浪者襲撃事件
    • 女子高生コンクリ詰め殺人事件
    • 名古屋アベック殺人事件
  • 通り魔事件
  • 大量殺人事件
  • バラバラ殺人事件
  • 毒殺殺人事件
  • リンチ殺人事件


取材構成
本シリーズは事件研究班が担当します。
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