別冊リーガルカフェ|燃ゆるパリ フランス弁護士広瀬元康




Vol.6

営業権の譲渡

その概念は日本では異なるが、
フランスでは他人の事業を譲り受ける方法として一般的。
雑誌の広告でも売買されているほどポピュラー。
しかし法的には隠された難問がたくさんある。


営業権(fonds de commerce)とは

法学の教科書的な答えで一言で言えば、「顧客を吸引し、維持するための手段の有機的な総体」ということになります。これでは何のことかわかりにくいのですが、営業権を買う、と言えば何がついてくるのかを説明しましょう。

まず、必ずついてくるのは商業用の賃貸借契約です。商売のために場所を借りる必要があるからです。さらに、商売に直結する設備や動産のほか、商標のような知的財産権や商号、のれんが含まれます。

その一方、在庫のようにいずれ売却されて商売の場から出て行くことが予想されるものは、含まれません。

営業権は、顧客を引きつける仕掛けですから、その市場価格は、その商売における直近の売上高にだいたい比例します。売上高だけでなく、財務上のケース・バイ・ケースの複雑な事情が問題になることもありますから、価格の設定には、会計士の判断を仰ぐ場合も多いでしょう。ごく一般論的に言えば、直近の年売上高の7割くらいの価格がつくことが多いようです。

ですから、見かけが同じくらいの店でも、商売の状況によって大きく価格が変わるのです。

また、何を含める、含めないというのは契約によって決まりますから、単純な物の売買とは違い、しっかりと細かいことを取り決めていないと、「これが含まれていないとは思わなかった」などと、後でトラブルになることがあります。

営業権を買うための準備

フランスにいる日本人は、やはり土地柄グルメに関心が高く、料理人として経験を積んで腕に自信を持っている方も多く、レストランの営業権を買って経営しようと考える方はたくさんいらっしゃいます。

まず、何らかのきっかけで、買うレストランのターゲットを決めます。これは、家や車を買う場合でも最初は同じでしょう。親しい人の紹介、広告、口コミなど…

レストランの場合は、客として食事をして美味しいかどうか(買主の料理センスに合うかどうか)がまず決め手になるのでしょうが、これは良い、と思った場合でも、ちょっと一歩、立ち止まってください。

私が弁護士としてこの段階で相談を受けた場合は、まず入念な「調査」を勧めています。よく知っている店だから大丈夫、と思う場合でも、レストランの経営に隠れた問題まで、内部の人ですらわからないことは多々あります。

営業権は、売主にとってみれば自分の育ててきた財産です。それを売り払いたいと思うには何らかの動機があります。お金に困っている、老齢で経営できなくなった、売得金で別の投資をしたい、はたまた自分で解決できなくなった何らかのトラブルから早く解放されたい…という場合もあります。

そこが、問題なのです。営業権をできるだけ早く高価格で売りたい売主は、自分に不利なことを進んで買主に知らせたくないのが人情です。特に日本人を含めて外国人が買主の場合には、騙して高く売りつけようとする不届きな者もいるのが実情です。


そこで必要なのは、心を鬼にして「調査」の労を惜しまないこと

企業法務の経験がある方なら、「デューディリジェンス」という言葉を聞いたことがあるでしょう。日本語では「精査」と訳されますが、外来語のほうがピンと来やすい方もいらっしゃるでしょう。

これは、M&Aのときに買収会社が対象会社の価格を決めて契約するに先立ち、対象会社の隠れた問題点を洗い出すために、弁護士と会計士・税理士等を動員して対象会社の文書をひたすら調べるストイックな仕事のことで、企業法務の法律事務所のジュニアは皆経験します。

会社の規模にもよりますが、高々数十万ユーロの小さなレストランの営業権を買う場合でも、自分が立派なM&Aの当事者になったと心得てください。

フランスでは、裁判所に決算を毎年提出する義務があるため、小さな会社でも会計士をつけねばなりませんので、信頼できる会計士を弁護士以上に早く見つけておくことをお勧めします。

弁護士の立場から言えば、売主の登記簿、定款、議事録、登記された担保権の状況や、売主がさらに前のオーナーから営業権を譲り受けたときの契約書を細かく見るのはもちろんです。それもさることながら、一番目を光らせるのは商業賃貸借の権利と、労務の引継ぎです。

商業賃貸借と労務の問題とは何なのか

まず、商業賃貸借の問題を検討しましょう。

商業賃貸借は、フランスでは原則として期間9年と決まっており、3年ごとに解約のチャンスがあります。9年が満期になったときには更新しますが、このとき賃貸人は大幅に家賃を上げることを要求するのが通常です。パリでは、巷の物価上昇率は年数パーセントですが、商業賃貸借の賃料は、9年前の3倍、4倍にいきなり上げることを要求する強欲な大家もざらです。

そこで、営業権を買う場合には、9年満期の賃借権があと何年残っているかが重要なポイントです。あと1年、2年しか残っていないのであれば、売主は「大幅な賃料増額に応じないのであれば、更新しない」と言うことができます。買主は商売を始めた途端に賃料増額をめぐって賃貸人と争い、場合によっては裁判をしなければならなくなるリスクを負います。そのため、こういうリスクを孕んだ営業権の価格はかなり低くなります。

これを避けるため、営業権の売買当事者は賃借人ですが、営業権を買う前に賃貸人と交渉し、今までの契約をいったん合意解除し、新たな契約を結び直してそこから9年カウントダウン、ということにしてもらうよう頼むこともあります。賃料は多少上がるでしょうが、それから9年間安定した経営ができます。

賃料の増額よりもっと怖いのは、前の売主が賃貸人と争って(賃料の問題に限らず)追い出されそうになっているのに、それを隠されて気づかないまま営業権を買ってしまい、争いを引き継いでしまうことです。商業賃貸借をめぐって裁判沙汰が起きていたりしないか、は弁護士としても大きな着目点です。

とはいえ、表沙汰になっていない争いの事情などは弁護士が調べても露見するとは限りませんので、「潜在的なものも含め、裁判上・裁判外を問わず物件をめぐる法的紛争が起きていないこと」を契約の際に売主に宣明させ、これが偽と判明したら買主は一方的に契約締結を中止できるよう、契約で手当てするのです。

また、契約締結後に問題が判明した場合に買主が損害賠償や解除を請求できるような条項も必要です。弁護士の立場としては、多様な場面をもれなく想定することが必要です。

次に、労務の問題はどうでしょうか。

これまでも繰り返しお話したように、フランスは労働大国です。労働者を引き受けた雇用者は、社会保障費に喘ぎつつも、簡単にこれを解雇できません。営業権を買うときは、原則として従業員も引き継がねばなりません。オーナーが変わることを理由に解雇するのは許されず、それをした雇用者は不当解雇として訴えられるおそれがあります。

とはいえ営業権を買う者としては、自分が気心知れたメンバーで経営したいため、売主の従業員を引き継ぎたくないことが多いのです。

そこで、何とか労働者にお金を積んで合意による労働契約の解除(rupture conventionnelle)をお願いする場合もあります。それでも、断固として辞めないという従業員を、強制的に辞めさせることはできません。労働者に積むお金の分を営業権価格から割り引いて、労働者付きの営業権が破格で取引されることもあります。

実際、話が順調に進んでも労働者引継ぎの問題だけが折り合わないために、営業権売買が破談になるということも珍しくありません。私が3回のコラムを割いてお話しした労・働・法の3文字は重くのしかかっています。


取引の手順

売主・買主の両方に弁護士がついた場合を想定します。まず、買主は売主に対し、商業賃貸借契約や、前のオーナーとの契約や、建物や設備の現況調査報告書等を請求します。

買主に買う決心がつけば、仮契約をします。そこでは営業権価格の5%~10%程度の手付けを売主に支払います。これ以降、売主はその物件をリザーブしてくれる代わりに、買主都合で買うのをやめた場合には、手付けが没収されます。

実は、この仮契約が本番の契約以上に重要なのです。特に、売主に宣明させるべき事項、本契約までの課題として約束させるべき事項、さらに本契約を「買主都合」以外で中止できる(その場合に手付けを返してもらえるようにする)ための条件、等をチェックしながら盛り込んでいきます。宣明や約束が違っていた場合には、手付けを返してもらって本契約を中止できるようにするためです。

この段階で売買代金を自己資金で調達できない買主(個人企業家の場合、ほとんどがそうでしょう)は、仮契約の段階で銀行融資を受けられるかどうか確定していない場合もあります。その場合は、銀行融資を受けられることが本契約の条件、という条項を入れるよう、売主弁護士に請願します。その場合、仮契約から本契約までの間に、買主は銀行融資を受けるよう、与信を得るための努力が必要です。また、物件をよく精査して、仮契約で売主に約束させた事項が実行されているかをチェックするなど、買主の側ですることはたくさんあります。


外国人ならではのハードル-ビザと会社設立の問題

EU外の外国人が営業権を買って経営するには、商業ビザ(社長ビザ)が必要です。それまで他の身分(学生や労働者)だった人は、警察や県庁に身分の変更を申請しなければなりません。買主が日本にいる人であれば、フランス大使館に商業ビザの申請をします。これ自体、一癖ある手続であることは最初のコラムでもお話したとおりです。

これに加えて、営業権の取引スケジュールとビザの問題を併せて考える必要があります。ビザは、必要書類を揃えてレセピゼ(仮許可証)をもらうことから始まります。そのためには、まずビザを申請する段階で仮契約を出すことが必要で、その後(パリの場合は)約2ヶ月して呼び出しが来ますが、そのときには本契約を出して初めてレセピゼがもらえる、という場合が多いでしょう。相手がある問題ですから、このスケジューリングが頭をひねるところです。

次に、外国人が会社を設立する場合には、商業ビザのレセピゼまでは持っていないと登記ができないという問題があります。そうすると、会社の登記申請は必然的に本契約→レセピゼをもらった後、ということになります。

フランスでは、最も公式の会社登記簿がK-bis(カビス)と呼ばれ、会社の名で重要な取引をする際には必ず要求されるのですが、そのカビスが取れるのが随分遅くなってしまう、というのが悩みの種なのです(特に銀行取引に支障が出ます)。

これをクリアする技巧があるにはあるのですが、その点は紙面の制約から割愛します。



次回は…

このご時世、取引先がフランスでまさかの倒産…、となった場合にどういう問題が起きるか、どのように対応すればよいかをお話します。













広瀬元康 HiroseMotoyasu
大阪出身、フランス弁護士、日本弁護士
本誌「法務翻訳」でもおなじみ。