別冊リーガルカフェ|燃ゆるパリ フランス弁護士広瀬元康


Vol.3

世界屈指の細かい労働法典-雇用者の苦悩(2)

「従業員の解雇」はどの国でも労務の難題
微細な手続が雁字搦めに法定されるフランス労働法典だが
日系企業の労務管理においては参考になる




労使関係をめぐる紛争の最たる原因は、何と言っても企業による従業員の解雇です。今回から、フランスでの解雇手続がどのようなものかについて、数回に分けて概観することにしましょう。


解雇に関する条文の多さ

フランスの労働法典では、解雇を規律する条文はL1231-1条(条文に枝番がついて数が膨大になることは前回お話したとおりです)から始まり、デクレ等も含めれば条文の数は100以上におよびます。

日本では、判例により解雇権濫用法理等が規範として出来ていますが、法文上はっきりした基準は30日の法定予告期間(労働基準法20条)くらいで、特に整理解雇の場合にどのような手続を踏んでどのような条件を満たせばよいのか、については基準が抽象的で曖昧であることが否めません。

日本とフランスの温度差

パリで弁護士をやっていると、日本の職場に関する労働法についてフランスの弁護士から聞かれることがあります。法律の条文ではっきり定められた規制についてまず説明を求められますが、「たったそれだけですか?」と驚かれて不安感を持たれることが多いのです。不安感はこのような日仏間の労働法規の分野での温度差が一因かと思います。

日本でも、厚生労働省をはじめとした労働当局が、フランスの労働法と社会保障法規には一目置いていて、日本の法制度整備のためにこれをモデルとして研究しているという話も聞いたことがあります。

ただ、フランスの労働法で事細かに決まっている手続も、実際のところ、その多くは日本国内の労働現場でも自主的に企業が行ったほうがよい(あいまいな基準をもとに従業員から後で不当解雇だと言って争われたときに企業が自衛しやすい)点も多いのです。

たとえば、解雇される従業員への事前面接(entretien préalable)というフランスの制度は、日本では法律上義務付けられたものではありません。ところが、日本でもこれを行って議事録などを作って従業員の署名を求めて証拠化すれば、後から争いになった場合でも、雇用者は解雇について従業員の納得を得るための最大限の努力を尽くしたという評価を得るためのワンポイントになります。特にこれは整理解雇の場合に重要です。

2種類に大別されるフランスの解雇

フランスでは、個人的理由による解雇と経済的理由による解雇が大きく大別され、条文番号では前者がL1232から始まる番号、後者がL1233から始まる番号で、やはり枝番で細かく分かれています。

「個人的理由」とは、簡単に言えば従業員自身の落ち度を原因とする場合(日本でいう懲戒免職)や、従業員の能力不足・健康上の理由など、従業員自身に何らかの原因があるために解雇される場合です。

これに対して、「経済的理由」とは従業員に何ら原因がないのに雇用者側の経済難による人件費削減を原因とするもので、いわゆるリストラのことです。

問題を起こす従業員1人の解雇ですら…

初めに、「個人的理由」、ここでは企業が従業員をやむなく解雇したいと考える場合を想定しましょう。

たとえば、会社の財産を横領した、秘密を漏洩した、他の従業員にハラスメントを繰り返した、無断の遅刻・欠勤を繰り返した、勤務態度が著しく怠慢で勤務成績が不良である…等々。

従業員の落ち度による解雇の場合は、その落ち度の程度によって解雇相当過失、重過失、特別重過失と3種類あり、これによって解雇された従業員が得られる補償なども変わってきます。ただし、この線引きに関する議論はそれだけでも書物ができてしまうほど複雑なので割愛しましょう。

解雇される側の言い分を聴く事前面接制度

まず、法律で義務付けられて省けない手続に、解雇予定の従業員との事前面接というのがあります。これは、解雇される従業員の言い分を聴くためで、解雇の理由が言い訳の余地のない明白な現行犯であっても、必ず行わなければなりません。

その事前面接については本人への通知方法も決まっていて、雇用者から従業員に直接文書を手渡すか、あるいはその文書を書留郵便で従業員に郵送しなければならず、電話やメールによる通知をすればそれだけでも手続違反になります。

さらに、事前面接通知書に書くべきことも決められています。解雇に関する話が面接の目的であることや面接の日時・場所はもちろん、「あなたは希望するなら会社内の人か県労働局・市町村役場に登録されている相談委員の補佐を受けられます」という内容も書かねばなりません。

また、その相談委員のリストはどこに行けば入手可能なのかも明記しなければなりません。

話がそれますが、フランスでは弁護士倫理にも似た決まりがありますが、相手に争いを仕掛ける場合には対抗するための方法をあらかじめ相手に積極的に教えてあげなければならないという考え方があるようです。敵にも武器を入手する機会を与えてから対戦開始すべしということです。

裁判の訴状にも、注意喚起のために「あなたは弁護士を立てて応訴しなければならない。そうしなければ相手方の言い分だけであなたに不利な判決が下りますよ」というようなことがご丁寧にも書いてあります。

合法的解雇のための条件

事前面接通知書を出すタイミングについては、解雇の原因となる事実を雇用者が知ってから2ヶ月以内に発送し、その通知を従業員が受け取ってから事前面接の日まで少なくとも5就業日空けなけばならないと決まっています。従業員が「何をそんな水臭いことを、さっさとやってくれ」と言っても、5就業日を省くことは許されません。

事前面接では、解雇の理由を本人に直接説明し、その言い分を聴きます。対象となった従業員が事前面接に出席するかどうかは自由ですが、事前面接から少なくとも2就業日をおいて、ただし1ヶ月以内には解雇通知書を従業員に出さねばなりません。

解雇通知書には、解雇の理由をはっきり書かねばならず、ここに書いていない理由を後から持ち出したり理由を擦り替えることはできません。一番挙げ足をとられやすい部分なので、弁護士に相談して抜かりのないよう、文面を練ってもらうことが望まれる部分です。

もちろん、このような手続を踏んだからといって解雇が有効であるとお墨付きがつくわけではありません。解雇の原因になった事実が存在しない、解雇に値するほど重大なことではない…等の理由で、解雇された従業員は不当解雇を理由に労働裁判を起こすことは十分に考えられます。

フランスの場合、日本の常識で考えれば解雇されて当たり前というような従業員でも、権利だけは十人前くらい主張してくると思ったほうがよいでしょう。手続を守るということは合法的な解雇をするための必要条件であっても、十分条件ではありません。

経済的理由による解雇の難しさ-不景気の仇敵

一方、「経済的理由」による解雇の場合には、いわゆる大規模集団解雇によって一気に雇用を奪ってしまうことを危惧して、会社の規模(従業員数が50名以上かどうか)と解雇される従業員の人数(30日間に解雇する人数が1人か複数か、特に10人以上かどうか)によって事細かに必要な手続が定められています。

後で述べるように、10人以上をいっぺんに解雇する大規模集団解雇の場合には、企業委員会と呼ばれる従業員代表機関や労働当局にお伺いを立てて、雇用保護計画の内容についてお墨付きをもらわないと解雇手続を前に進めることができないという修羅場に陥ることになります。

もちろん、解雇手続が完了しない限りは、たとえビジネスはストップして売上げがゼロで、従業員を抱えていても無益な状態になっても彼らに給与を支払い続けなければならず、その状況がいつまで続くかわからないというのは地獄絵です。企業が経営再建のためにこの手続に乗り出したものの暗礁に乗り上げ、それが致命傷となって倒産することもないわけではありません。

特にリーマンショックに続く不景気の中では、企業によっては事業所の閉鎖等に伴って何十人もの従業員を解雇する必要に迫られる場合があります。そのようなときに、企業はこの大規模集団解雇の煩わしい手続を避けるために、1ヶ月余りの間隔をあけつつ、ぎりぎり9人ずつ何回かに分けて小規模集団解雇を繰り返すことを考えます。

小規模集団解雇も簡単なわけではありませんが、労働当局に通知をすればよく、当局のお墨付きを待つ必要はありませんので、大規模集団解雇に比べれば雲泥の差です。

このような脱法の試みに鬼のフランス労働法が対抗しないはずがありません。小規模集団解雇でも、過去3ヶ月以内に累計して解雇者数が10人を超える場合には、大規模集団解雇の手続をとらなければならないことになっています。

リストラされた従業員への手厚いケア

このように「経済的理由」による解雇の場合は、本人は何の落ち度もないのに会社の都合で職を失うわけですから、何らかの救済措置を求めるのは当然といえば当然でしょう。

それにしても、フランスの場合は会社の規模に応じて、従業員の失業後のケア(再就職の斡旋や職業訓練教育)について社会保障機関と連携して協力する義務があります。

また、雇用者は下手な解雇をすれば、社会保障機関が解雇された従業員に支給した補償分を、後から求償されることにもなりかねません。








さて次回は、解雇を予定する従業員に対して雇用者がどのような配慮をしなければならないのか、具体的に検討することにしましょう。









広瀬元康 HiroseMotoyasu
大阪出身、フランス弁護士、日本弁護士
本誌「法務翻訳」でもおなじみ。