別冊リーガルカフェ|燃ゆるパリ フランス弁護士広瀬元康


Vol.1

起業家に立ちはだかるフランスのビザ事情

一見簡単そうに見えるビザ申請だが
フランスでの取得はなかなか厳しく
いったい誰を雇えばよいのかも問題となる
配偶者ビザという奥の手もあるが
転ばぬ先の杖と考えて弁護依頼が増加中




どこの国も、外国人が就労しようとすれば、自国民の就業の機会を奪うおそれがあることから、就労ビザは厳格な審査の上で発給されます。フランスも例外ではありません。

フランスでは、サルコジ政権になって以降、外国人がビザを取って滞在するための条件が厳しくなったと言われることがあります。しかしその一方で、ツボさえ押さえれば(あるいは行政のツボにはまる条件を備えた人なら)逆にビザが取りやすくなったというのも実情です。

それでも、制度上は一見簡単に見えるビザでも、その運用次第によって鬼にも仏にもなるのはビザに限ったことではありません。

今回は、フランスの役所のビザ業務について、意外な実態とエピソードをご紹介したいと思います。



Ⅰ滞在許可申請

フランス滞在開始の三大難関

日本に住んでいる日本人がフランスのビザを申請する場合、日本のフランス大使館に必要書類を提出して、審査に通れば、パスポートにシールのようなものが張られます。

必要な書類や条件は、ビザの種類ごとに細かく分類されていて、一番簡単なのは学生ビザです(それも段々難しくなりつつあるのですが)。

晴れてビザが取れるとそれをもってフランスに入国し、通常は2ヶ月以内に役所で滞在許可証(carte de séjour)の申請をするのですが、実は、これがフランス滞在開始の三大難関の一つ(残りの二つは家探しと銀行口座開設)なのです。

外国人サービスセンター

フランスには約100の県があり、パリが特別区(県番号75)で、ちょうど東京23区のイメージです。外国人のビザ業務を行う役所もパリかそれ以外で異なり、パリでは警察が、それ以外の地域では県庁が担当します。

県によってシステムは多少違うのですが、外国人サービスセンター(Service des Etrangers)窓口の受付(Accueil)が朝の8時か9時頃開いて、そこに申請者はずらーっと一列に並ばされます。

なぜかわかりませんが、フランスは役所・銀行・大学でもそうですが、用件を区別せず人を一列に並ばせて待たせるのが好きな国です。朝一番に行っても自分の番が来る(受付にたどり着けるという意味で、手続がその先進むかは別問題)のは運が良くても昼くらいと思っておかなくてはなりません。

日本なら市役所を想像してもらえばわかりますが、このような場合は用件ごとにフロアや課が分かれており、担当課に行って番号札を引いて待つことが多いでしょう。

恐怖の行列

県庁の業務の効率は、県によって大きく異なります。日本に近いくらい効率の良い所もあります。一般に財政に余裕があり、上流層の住民が多い県は、日本並みに効率的ということもあります。簡単な見分け方は、道路、図書館、市営プール等、メンテナンスが悪いと汚くなる公共施設が清潔に保たれているかどうか、だと私は思っています。

驚くべきことに、治安の悪化や移民問題を多く抱えている某県の県庁での話、滞在許可証の申請のために、遅くとも午前3時から10時間並ばないと問い合わせも書類の提出ひとつもできないのです。

パリは緯度が高いため、冬は夜明けが8時過ぎで、未明は零下の寒さで霧がかっています。それでも、凍てつく寒さの中で一晩並び続けないと、どうしようもないのです。県庁が受付の人数制限をしているため、少しでも早く行かないと並んだ挙句に役所の建物にすら入れないのです。そのため、早い人は前夜から並んでいるのです。超人気コンサートのチケット取りに通じるものがあります。並ぶ外国人は、これを刑務所さながらだと呆然としています。

最初は誰しも滞在許可証申請のための必要書類リストが必要です。それだけならば、ウェブを見れば書いてあるのですが、その解釈をめぐって若干の不明点があれば担当の人に確認したい、と考えるのが普通でしょう。5秒で終わる確認事項(役所の中でもこの建物の管轄ですか?という程度の事項)でも、並ばずには受付は話さえ聞いてくれません。

住所の証明

その滞在許可証の申請で最も重要なことの一つに住所(あるいは会社所在地)の証明がありますが、フランスでは、日本の住民票に相当するものがないのです。

そこで、電気の請求書が最も公的な住所証明としてまかり通っているのです。住所は変わる可能性がありますから、たいてい発行から3ヶ月以内の請求書でないと受け付けてもらえません。手続に何度も呼び出されているうちに、電気の請求書が有効でなくなります。最新の電気使用証明書をEDF(フランス電力)で発行してもらいに走ることもしばしばです。

犯罪経歴証明書

フランスで日本人を含め外国人が企業経営者になるためには、本国での犯罪経歴証明書が必要で、日本人の場合は、日本での住所または最終住所地の県警本部に本人が行って指紋を採取する手続を踏む必要があります。

その際に、なぜ犯罪経歴証明書が必要なのかを疎明する書類も提示しなければなりません。これも有効期間は3ヶ月ですが、期限を切らしてしまえば再度取りに行くのが大変です。

犯罪経歴証明書は、本人の指紋が必要ですから代理申請が一切できないのです。日本に帰って取り直しても10日前後はかかります。パリの日本大使館で申請すれば、大抵2ヶ月前後かかります。

書類の賞味期限

厄介なのは、フランスの役所の手続は遅いので、手続を進めている間に3ヶ月はあっという間に過ぎてしまいます。

すると、役所は自ら手続を延ばしたために書類の有効期限が切れた場合でも、もう一度最新のものを取り直して来いと言ってきます。

ですから、よほどスケジューリングをしっかり考えて石橋を叩いて渡るようにしっかりと書類を揃えておかないと、証明書を取りに走り回る間に別の証明書の賞味期限が切れてという堂々巡りになるおそれがあります。



Ⅱ滞在許可証の発行と更新

一難去ってまた一難

一通りの書類提出が終わると、仮許可証(récépissé)という写真付きの紙が発行されます。

ここから本許可証のカードが出るまでが曲者です。仮許可証は、3ヶ月間しか有効ではありませんので、その期限が近づいてもまだ本許可証が出なければ、仮許可証の更新を行わねばなりません。そのために役所でまた一から役所の受付で待ちます。

また、仮許可証を更新しに行っても、「もうじき本許可証ができるから、更新しなくても君は自宅待機しておけばよい」と言われて追い返されることがあります。

しかし、待てど暮らせど本許可証は来ず、しばらくして役所に再度更新のために行くと、「君は期限の切れた仮許可証を持っている。不法滞在だ!」と無茶苦茶なことを言い出すのも、日常茶飯事です。

本許可証を待っている間に、何度か県庁から五月雨式に手紙が来ることがあります。提出した書類のここに書いているのはどういう意味か、というものもあれば、既に出したはずの書類の写しを再度出すことを求めるものもあります。

滞在許可証の更新

滞在許可証は仮許可証(récépissé レセピゼ)が発行されれば、まず‘御の字‘と思われがちです。実際にそういう面もあります。

しかし、仮許可証にも書類を審査された上で発行される、文字通りの仮許可証と、単に書類が形式的に揃ったからという理由で受理印ととして発行される場合があり、後者の場合には仮許可証が出ても後に何らかの理由で拒否されることもあるのです。

フランスでこれまで社長として何年も会社を経営してきた人ですら、渡仏から5年ほど経って10年ビザがもらえるまでは、毎年商業ビザの更新手続を行わなければなりません。

そのため、外国人経営者は粛々と滞在許可証の更新手続を毎年し、更新の仮許可証をもらいます。何ヶ月も待って、やっと警察から手紙が来たところ、本許可証ができた知らせかと思いきや、弁護士から見てもよくわからない理由で更新が拒否され、「1ヶ月以内にフランスから出て行け、さもないとフランスの刑法で処罰する」と書かれていることもあります。

「1ヶ月」とはいえ、それは警察の手紙に打たれた日付から数えてで、それが届くまでに郵便のストライキなどがあり、届いた時点では退去期限までもう2週間もない場合もあります。

これはあまりにもひどすぎます。会社経営者が突然国から出て行け、と言われても、どうやってそんなにすぐに対応ができるでしょうか?

不服申し立て

滞在許可証の更新拒否を含め、行政の下した決定に不服がある人は、一定の期限内に行政機関に不服申立てができることが法律上定められています。

しかしながら、不服申立てをしていることを理由に、その結果が出るまでフランスに居残ることはできません。このことを我々は専門用語で執行停止効(effet suspensif)がないと言っています。その不服申立ては、4ヶ月間返答がなければ却下されたものとみなされることになっています。

ところが、4ヶ月を過ぎてから不服申立てを認容する(つまりビザ発給の手続を進める)という通知が来ることがあり、いつまで振り回されるかわかりません。



Ⅲ 起業ビザ

起業ビザ取得の難しさ

学生の留学と異なり、ビジネスを行う場合にはその目的、規模は多種多様で、行政もその内容がよくわからないこともあります。

日本と同じで、会社を設立する場合には会社の定款は必ず作って提出しますが、そこに記載された会社の目的を基準に警察なり県庁は判断します。

これが曲者で、必要書類リストにない書類でも、役所の裁量で追加提出を求められる場合があります。例えば、「このビジネスをやるためにあなたにどういう能力があるのか?」と役所が言い出せば、通常だと本国で得た学位や免状を出すでしょう。

しかしながら、フランスでこれがフランスの資格と同等の価値があるということを商工会議所や手工業会議所に公認してもらう手続(reconnaissance)を踏まないと受け付けてもらえず、その手続がどこへ行っても数ヶ月待たされてはたらい回しで、そう簡単に進まないのです。

この堂々巡りにいったん陥ってしまった場合、それでも会社を設立したければ、会社のビジネスプラン自体を変えてしまうしかありません。

「身分の変更」

フランスで学生や会社員をしていた人が、何かの技能を身につけて自信がついたら、それを利用して自分のビジネスを起業したいと思うこともあるでしょう。こういうのを身分の変更(changement du statut)といいますが、結構な難関です。

フランスに既にいるわけですから、警察なり県庁なりフランスの役所で行う手続なのですが、特に地方のほうでは役所の担当者も手続をよく知らない場合もあり、何時間も並んでは追い返されてということを繰り返すのです。

また、県庁の手続自体は快適・迅速でも、いつまで経っても通知が来ず、その間は悶々とひたすら待つ場合もあります。さらに、場合によってはいったん日本に引き上げて日本のフランス大使館でもう一度出直したほうがよい、とアドバイスすることもあります。

取引上の大リスク

フランスでは、会社の名において出す文書(顧客に対する請求書等)には、会社の登記番号を明記しなければならない旨法律で決まっており、これを怠ると軽犯罪として処罰されます。

そのため、会社登記が完了して登記番号を商事裁判所からもらうまで、会社の名において顧客と取引ができないわけです。

仮許可証が出れば、会社登記を少しフライングで行うことができる場合もありますが、もし後日滞在許可証が発給拒否された場合に、会社はできても経営者がフランスに滞在できず、日本に帰らざるを得なくなるというリスクをはらむことになります。

この状況で、ビザの手続が遅延してなかなか県庁から連絡が来ないのは、ビジネス上、大変な障害です。我々弁護士も、県庁に対してソフトに催促の手紙を送る場合もありますが、相手は国家権力ですから、弁護士の言うことに従う義務などはありませんので、忘れられていた場合の注意喚起か、そうでなければ気休め程度の効果しかないのが現実です。

また、役所から便りがない場合に日本の感覚でいらいらして、あまりにしつこく役所に連絡すると、面倒な外国人として目をつけられるおそれがあるので、結果的に依頼者に迷惑をかけてしまいます。この辺りの按配が難しいのです。

起業前のアドバイス

起業する人には、当然ながら事業開始のスケジューリングがありますから、「どのくらいの期間でビザが取れますか?」と質問されることが多いです。

これに対しては、正直言って明確な回答はできません。「よほど運がよければ2~3ヶ月、最悪の場合は1年以上ということもありますが、万一行き詰った場合には次善の策を考えますので、ご安心ください。」というのが精一杯です。

ビザは必ずしも弁護士が独占している業務ではありませんので、ビザ代行会社と称する団体が乱立してビザを早く取れることを保証するかのように価格競争している場面も見かけますが、こういうのはまゆつばものです。

役所の外国人課のお偉方と親友だとでもいうのであればどうかわかりませんが、ビザが早く取れることなど、誰も確約できる人はいないのです。



Ⅳ 新種ビザと就労ビザ

マルチ型新種ビザ

最近、フランスには能力才能ビザ(compétences et talents)という特殊なビザが新設されました。

どういう人に出るかと言えば、はっきりした基準はなく、能力・才能をもって出身国(日本人の場合なら日本)とフランス両方に持続的な発展をもたらす人、という抽象的な基準です。

専門職の資格を持つ人、芸術の受賞者・スポーツ選手・企業経営者…と何か我こそは、と思う技能や資格を持っている外国人のビザ取得を少しでも容易にしたものとも言われています。

就労ビザ

一方、一般の就労ビザは、相変わらず相当にハードルが高いものになっています。細かい基準は割愛しますが、一番厄介なのが「(その日本人でないと)フランス人では替えがきかない業務である」という証明をしないといけないのです。

所定の方式で、そのポストの求人広告を、外国人を採用するのと同じ条件で一定期間出さなければなりません。応募してきた人があってそれを不採用にする場合には、その理由も明確にしなければなりません。

では、日本人でなければできない職種、って何でしょうか? 日本語の教師? 日本文化の継承者? 日本料理店? 信じられないと思いますが、それでも実は危ないです。

ある事例では、日本語教師の資格と茶道の免状を両方持っている人でそれを両方使うポストに採用が内定したにもかかわらず、移民局は「日本語にネイティブ並みに精通して日本文化に造詣の深いフランス人だっている」という理由でこれを退けたそうです。

経営者の苦悩

ですから、日系ビジネスを起業して日本人の有志を雇用しようと考えている経営者は、どうやってその日本人らにビザが出るようにするか、で頭を痛めるわけです。

その労働者に管理職レベルの給与(一般には月給4,000ユーロ程度以上)があれば、幾分スムーズに進みますが、社会保障費等が高額なフランスでは、雇用者はその2倍近い金額を負担しなければなりません。

また、フランス国労働法典でとことん手厚く保護された労働者は、仮に雇ってから問題があっても簡単に解雇することができません。この不景気の時代に、これは経営者にとってもまさに脅威です。

苦肉の策

その結果、苦肉の策として学生を研修生(stagiaire)として雇い、これを更新し続けたり、本来の目的は就労なのに研修生として雇うために通う気もない学校に登録して学生ビザを延長させる等を試みる方もあるようですが、見つかった場合には当局の取締りの対象となることもあり、全くお勧めできません。

もちろんその後のビザ発給が拒否される原因にもなります。特に労働・社会保障関係の当局からいったん目をつけられた場合には、その一回きりのことでは済まず、頻繁に調査の対象になって揚げ足をとられるので、これもまたビジネスの障害です。



Ⅴ 配偶者ビザ

奥の手

結局、日系ビジネスにおける現地採用の一番多いパターンは、フランス人と結婚した日本人(その大多数は女性)が最低賃金に近い給与で雇われるものです。

配偶者ビザがあれば、合法的な活動であれば何をやってもよい(vie privée et familiale)ですので、ビザの心配をすることなく雇用できるからです。

経営者の本音としては、その業界の経験や専門知識を持った日本人で意欲をもって応募してきた人がいて、その人を雇いたいけれども、上記のような理由でビザの問題がクリアできないので、専門性に関係なくフランス人と結婚した日本人を誰でも良いから早く雇わないと、ということになっているケースも多いようです。

現地採用

現地採用は、日本企業の子会社・支店であれ、フランスで生まれた個人企業であれ、少人数で日本とフランスのリエゾンを担っているので、その分野で自律的に仕事を任せられるような専門性のある人でないと仕事をこなすのは難しいのです。

日本で大企業に就職すれば、最初は先輩や上司から仕事を叩き込まれて覚えるでしょうが、現地採用となれば、そのような指導をしてくれる人がいないと思ったほうがよいでしょう。

だから、日本で同種の実務経験が何年かある人を雇った方がよいのです。このような人にビザが出にくくなれば、フランス人の配偶者がいてビザに問題のない素人を雇わざるを得なくなります。

そうなれば業務の質が低下し、ひいては日仏の経済交流が円滑に進まなくなるおそれがあります。

政策的なことを考えれば、専門性のある外国人の就労ビザはもっと実体面でも手続面でもハードルを下げるべきではないか、と常々思うのです。





広瀬元康 HiroseMotoyasu
大阪出身、フランス弁護士、日本弁護士
本誌「法務翻訳」でもおなじみ。